★「漢文翻訳ツール」とかないのかと探してみましたが結論「ありません」でした。★
~
ネット上に無料で、
ぼうだいな数の鍼灸の古典の書物が公表されているのですが。
すべてが漢文であり、
正直なんて書いてあるか分からない。
上記、古典書物のサイト発見時は、
翻訳してみたい意欲もわきましたが、
たしか翻訳には分厚い漢字の珍しい本も必要だったよなー??
とだんだんボルテージが下がってきました。

漢文翻訳ツールでズルこいたろっ!
って思いました。
今回はそんな話です。
世間には、海外の言葉を翻訳する翻訳機や翻訳サイトがあるから。もしや、
今現代って、
翻訳機もけっこうネット通販で売られてるんです。
24か国語対応や36か国語対応とか。
使った事ないので精度のほどは分かりませんが、
その国の言葉の知識ゼロよりは
製品として売られているわけなので断然効果あるでしょう。
翻訳機を買わずとも、
翻訳サイトも多数あり、
グーグルのグーグル翻訳(https://translate.google.co.jp/)
の翻訳精度もひと昔前よりグッと
翻訳された文章が、文章として読めるようになりました。
つうことは、
この現代、漢文翻訳サイトやツールがあってもなんらおかしくないなと。
そういう経緯で、
つうことは、漢文翻訳ツールもある?!→【調べてみた結果】なし!
漢文翻訳ソフトってあるのかな?
って事で調べてみました。
色んな検索ワードで調べてみました。
「漢文翻訳アプリ」
「漢文翻訳ツール」
「漢文翻訳サイト」
「漢文翻訳ソフト」
さっそく結論ですが、
調べてみたところ、漢文翻訳のソフト等なかったです。無し。
でも、いろんな人が
漢文翻訳のツールやサイトがないか探した形跡が
グーグル検索の検索候補などから分かりました。
大学院での研究・教育者の回答:「漢文」は読み手によって読み解き方が変わる!
Q&Aサイト、知恵袋サイト等でも多くの質問がされており、
その中で目に付いた「回答」がありました。
漢文を日本語に翻訳するソフトorサイト #oshietegoo https://t.co/xluZQeN4wq @oshiete_gooから
抜粋
企業勤務と大学および大学院で研究と教育に携わる者です。
歴史学に限らず学問での意見対立や様々な見解が成り立っているはいけいとして、史料(もしくは資料)をどう読み解くかがキーワードです。— はり灸太郎🇯🇵鍼ブログ1位 (@harikyutaro) 2018年11月28日
このツイート先の回答者No.1の方の回答です。
この方は、企業勤務で大学院で研究と教育にたずさわる方のようです。
引用:
そもそも史料に「訳文」があるとお考えならば、それは既に歴史学入門以前の話です。歴史学の専攻ならば学部の一二年次で基本的な史料の購読を経験しているはずです。
歴史学に限らず学問での意見対立や様々な見解が成り立っているはいけいとして、史料(もしくは資料)をどう読み解くかがキーワードです。つまり材料をどうアレンジするかが料理人によって異なりどのような形の料理としてお客に提供できるかとの問題になります。
(引用元:教えて!goo >教育・科学・学問 >その他(教育・科学・学問) >漢文を日本語に翻訳するソフトorサイト URL:https://oshiete.goo.ne.jp/qa/7137480.html)
とあり、
読み手によって解釈が変わり、表現も変わる。
といったところでしょう。
この観点からいうと、
もしも、漢文翻訳ツールやソフトがあったとしても
その翻訳ソフトを開発した翻訳者の見解に依存するということになるのかな?
っていうのが推測され、
「企業勤務で大学院で研究と教育にたずさわる方」の回答からすると、
漢文解釈の多様性のようなものが失われるという事になるのでは?
と思いました。
つうことは?市販されてる古典が翻訳された書籍は?
つうことは?
と考えていくと、
今現在に存在する鍼灸古典の日本語訳してある分厚い書籍なんかも
やっぱり翻訳者の解釈に依存しており、
もしかしたら、読み手によっては別の解釈や発見があるモノなのかもしれません。
しかしながら、
それなりの西洋医学知識や東洋医学知識や漢文を読む能力がないと、
漢文から和訳された本でも、
なんだかはじめて見る、
PCの手書きパッドでやっと読み方わかるような
漢字1文字の「〇」(ナンタラ)これなんやねん?!
っての多発しますよね。
一般的には、
鍼灸古典を翻訳するには知識も時間も膨大にかかるために。
翻訳者の解釈とおりに理解するしか?というのか
理解した方がいいのかもしれません。
私は極端な考えをいったんしてみるって事をしたりします。
以前ブログで書いた、大局を見る考えです。
どんなに博学であっても翻訳者っていうのは、
全知全能の神様ではないので、
やっぱり何かしらの穴というか原文との誤差が、
少なく見積もっても0.1%位はあるのではないかと推測されます。
これを経た感想
もしかしたら、
東洋医学の「あーだ、こーだ」見解の仕方の違いの討論的なものは、
もとをたどると根本は、
古典の読み解き方から来てる物なのかもしれないなーと思いました。
西洋医学の方が、
統一感、統一意識?のようなもが
あるきがするのは、
現代の言葉の日本語で明確に表現されているから。
といった、あたりも重要な要素なのかもなと思いました。
0 件のコメント:
コメントを投稿